手揉み製茶の歴史 7【明治後期Ⅱ】

(50)「改良製茶法と伝習方法」原崎源作「茶業の友」第17巻(明治41年、1908年)
下揉に於いて手まめに「横コロカシ」をなすこと。揉切の方法を上手に行うことが製茶の品質を良好ならしむると同時に。製造の工程を促進するものである。昔は茶に「イキを付ける」ことを非常に忌んで、下揉から悉皆(ことごとくみな)揉切にしたものだ。後転繰が流行する様になってから、下揉も亦横コロカシとなった。横コロカシも強ち排斥するべきではないが、揉切を為す意味で作業したい。而して上揉は全部揉切と云う訳に行かないから、成るべく揉切を多くして転繰で仕上げると云うことにしたいと思う。又最初の伝習には揉切の精神を最も強く印して置きたいと思う。揉切の精神は下揉より仕上まで必要なる製茶上の要件で、此れが応用の巧拙は茶の出来栄えに大差を生ずるのであって、茶の甘い風味は両手で揉み落とす所で出来るのである。

 

(51)「静岡県産緑茶の香気を増進せしむる方法…揉切」スマ生(鈴木孫太郎)「茶業之友」第23号(明治42年、1909年)
鈴木孫太郎は、揉切の重要性を説いています。一、揉切の目的は茶の撚れ形を整える為と下揉の時表面に浮かせたる水を芯に引き込ましめず程良く発散することです。二、揉切の巧拙は茶の香味色沢の優劣に関係を有する。三、此の所作を為す場合に於いて最も注意すべき事は、揉む葉をして外乾にせしめざるにあり。四、此の揉切の所作を出来るだけ長くなしたるものの方香味も色もよく出来るものなれども、さりとて下手なる揉切を余り長く続ける時は外乾の弊に陥り、香味形色二つながら損するものなればくれぐれも入念に揉切の方法を研究し、久しく揉みても外乾とならざるに至るまで練習すべし。永谷宗円の手揉は最初から最後まで揉切のみです。木枠助炭と鉄弓が開発された安政以降、両手だけではなく助炭面などを利用して揉む手法が創始され、特に転繰(デングリ)や板摺(イタズリ)などは動作が派手で複雑なために之が上手な焙炉師(茶師)が持て囃されたが、手揉の神髄は揉切にあります。

 

(52)「静岡県産緑茶の香気を増進せしむる方法…上揉」スマ生(鈴木孫太郎)「茶業之友」第23号(明治42年、1909年)
鈴木孫太郎は、上揉は最後の化粧なりと云っています。又、鈴木孫太郎は、上揉は固め揉(転繰の類)を少し長くなしたるものは、香味に其癖現れる。香味のよい茶を造るには揉切を選ぶ。形と沢とを造るに腐心して茶葉を固め過ぎて香味を欝敗せしめざること。と説いています。正解だと思います。

 

(53)「富士合資会社…製茶で金を多く取る法」「茶業之友」第26号(明治42年、1909年)
富士合資会社(原崎源作)の手揉製法です。
一、揉切製…葉干(30分)、コロカシ(50分)、玉解(5分)、中休(5分)、ヨリキリ(30分)、デングリ(30分)二手に分け上揉(20分宛)、三時間十分
二、天下一製…葉干(30分)、コロカシ(50分)、玉解(5分)、中休(5分)、ヨリキリ(30分)、デングリ(30分)二手に分け上揉(20分宛)、三時間十分
三、中茶製…葉干(25分)、コロカシ(45分)、玉解(5分)、中休(5分)、ヨリキリ(30分)、デングリ(20分)二手に分け上揉(10分宛)、二時間三十分
「揉切に重きを置く事…撚切を上手に、上乾きせぬ様成丈多くすれば、生き生きした艶の茶が出来、時間のかかり方も少なく、香気も味も最上となり、思ったよりも値が高く売れる。」と解説しています。

 

(54)「曲がれるが川根茶に非ず」志太郡徳山村、不粹生「茶業之友」第28号(明治42年、1909年)
徳山村不粹生は「茶は形状を造るよりも品質を佳良ならしむるの最も難き業なり。」「茶には形状を主とするものと品質を主とするものとあり。川根茶は即ち品質を主とするものにして、形状は行合上之を二位に置くものなり。」「茶の性として形状をよく作らんとすれば品質を損し、品質に重きを置けば形状に欠点を生じるは一般製造業者の苦心しつつある所なり。故に川根茶は形状の少しくは劣るとも品質の良好なるを望む所。曲がれるが川根茶にあらず。緊り悪しきが川根茶にあらざるなり。」と云っています。製茶の品質と形状は正比例しません。この当時の川根は川根揉切流でした。揉切製は品質本位で形状は重視しません。永谷宗円の宇治製も真直ぐではありませんでした。

 

(55)「静岡県の茶業の発達したる所以」原崎源作「茶業之友」第28号(明治42年、1909年)
揉切のみのものが転繰(デングリ)と云う揉方が流行して、手の力のみで揉んだのが色々の工面で道具の力を借りて揉む様になった。転かし(コロカシ)も突練(ツキネリ)も足揉も袋揉も転繰もこくりも板ごくりもみな道具を借りて揉む工夫です。製茶の手法は人間が楽する方向へ、短い時間で、少ない労力で、大量の製茶が得られる方向へ発達します。決して品質の良い方向へ発達するのではありません。

 

(56)「茶業視察報告…朝宮」川根茶業会「茶業之友」第29号(明治42年、1909年)
明治41年の朝宮です。製造は宇治風揉切製で転繰は行わない。内地用煎茶の産地です。

 

(57)「余が実験より得たる製茶改良」堰右茶人「茶業界」第5巻第1号(明治43年、1910年)
茶の製法は大別して天下一製、転繰製、揉切製の三種です。如何なる茶を揉むにも下揉を軽視してはいかない。一時に力を入れずとも撚れる茶を抑えれば香味と水色を損して貯蔵が出来ない。下揉の足らない茶は上揉で扁平になる。茶は下揉さへ手抜かりなくやれば、何時乾かしても差し支えない。色の良く冴えること、香気と味の良いこと、何れも揉切の関係である。揉切は香気が良くても茶が淡くては、商人が高く買うてくれない。貯蔵には火入れが第1であって、紙焙炉にて稍温い火で長くやるのが良い。



戻る  /  次へ