お抹茶のすべて 12 【「棚と直」、「本簀(ほんず)と化学繊維棚被覆」の違いについての一考察】

読者の皆様、こんにちは。1月号では「宇治煎茶の主産地和束町はいかにして宇治碾茶の主産地になったか?」、2月号では「和束町碾茶の現状」、3月号4月号5月号6月号では「抹茶の歴史」、7月号8月号9月号では「抹茶問屋の仕事」、10月号では「簀下十日、藁下十日」、11月号では「雁ケ音」について書かせていただきました。
12月号では「棚と直」、「本簀(ほんず)と化学繊維棚被覆」の違いについてお話したいと思います。


(1)「棚」被覆面積
覆下栽培の覆いの方法は大きく分けて「棚(たな)」と「直(じか)」の二つに分けられます。
今から約100年前の大正4年(1915年)(表1)、京都府の全茶園反別は1758町歩で覆下茶園面積は487町歩(約29%)でした。
「直」被覆は藁かぶせ(わらかぶせ)が少しあった位で、487町歩のほとんど全てが「本簀(ホンズ)」や「こも」の自然素材被覆でした。
平成27年(2015年)度京都府茶業統計(表2)によれば、京都府の茶園面積は1624haで100年前とほぼ同じです。
そのうち露地栽培茶園面積は466ha(29%)、被覆茶園面積は1158ha(71%)で、京都府の茶園の7割以上が被覆栽培されています。全国的に見ても、京都府は特異な茶産地と言うことができます。
そのうち「棚」被覆面積の割合は、大正時代も平成の現在もほぼ同じ割合ですが、大正時代には少なかった「直」被覆面積が大幅に増加しています。被覆茶園面積1158haのうち「直掛け」は734haで63%、「棚」は424haで37%です。葦簀(よしず)と藁やこもなどの昔ながらの自然素材を使用した被覆は27ha約2%弱で、残りの約98%は化学繊維被覆素材を使用しています。
全国的に見ても自然素材を使用した棚被覆は、京都府のほか愛知県、福岡県、静岡県、などのごく一部の地域にしか残っていません。統計がないので正確な数字は出ませんが、京都府の27haと足しても、全国で50ha以下ではないかと思われます。本物の碾茶、玉露を後世に継承発展する為にも、自然素材被覆の碾茶、玉露の品質、価値を見直し、再確認し、自然素材被覆が継続、維持出来る価格で取引することが必要だと思います。
全国には京都府のような詳しい茶業統計はありません。「直」被覆については、三重県、鹿児島県など全国の多くの県で行われていますが、その「直」被覆面積を調べた資料は見つかりません。
「棚」被覆について、筆者ができる範囲で聞き取り調査した結果から推計すると、京都府424ha、愛知県約180ha、福岡県約100ha、静岡県約20ha、埼玉県その他で約10haでした。全国の茶園面積約44,000haのうち約735ha(約1.6%)が「棚」被覆栽培されていることになります。
以下、棚被覆と直被覆の違いについて考えて行きたいと思います。


(2)被覆期間の差
京都においては昭和60年(1985年)まで、ほとんどの碾茶は「棚」栽培の手摘みで、「直」栽培のハサミ刈碾茶はありませんでした。
昭和40年代までは、品種茶園は少なく、多くが在来実生だった為、適期摘採が難しく、「簀下10日、藁下10日」で摘みはじめて、11日間、12日間で製造を終わっていました。
被覆期間は今より短くて、20日間から32日間で、平均25日間でした。京都で碾茶栽培に品種が増加しだしたのは昭和40年代からで、現在では約95%が品種です。品種は多い順にやぶ北(50%)、おくみどり(20%)、さみどり(10%)、さやまかおり、ごこう、さえみどり、かなやみどり、駒影、あさひ、宇治光、てんみょうなどです。早生、中生、晩生を組み合わせることによって、摘採適期期間が大幅に伸びました。
また、昔は本簀(ほんず)栽培で、1.5葉期の4月15日頃に簀を拡げましたが、現在では萌芽前後の第1回目の霜から新芽を守るため、3月後半から4月の頭にかけて、簀を広げ、また寒冷紗を拡げることが多くなっています。そのために、棚覆いの被覆期間の平均は36日間で、短いもので30日間、長いものでは60日間以上もあります。「直」の平均被覆期間は25日間で、短いもので20日間、長いもので30日間です。「棚」と「直」の平均被覆期間の差は約10日間あります。

(3)被覆開始時期の差
在来実生しかなかった時代の「本簀」の葦簀(よしず)を広げる時期は今よりも遅く4月中ごろで、1芯1葉から1.5葉期でした。
「直」の被覆開始時期は1芯2葉期から2.5葉期が多いようです。萌芽期に被覆を開始すれば品質は良くなるのですが、茶の生育が非常に遅くなってしまいます。
「2段棚」の場合は、筋掛け、上段、下段と3段階、4段階の遮光率の調節ができるのですが、「直掛け」の場合は、露地か85%被覆しかなく、遮光率の調節が出来ません。
「直」の1葉目、2葉目は最初は露地で生育することになります。京都において、5月中に製造される碾茶には、裏白は少ないのですが、6月に入ると裏白の目立つ碾茶や、まっ黒けのゴリゴリの硬い碾茶が増えてきます。それは、新芽が、5葉、6葉、7葉に成長するにつれて、最初露地で生育した下の葉2枚の硬化が進み、上の3枚は柔らかい、下の2枚は硬い、中はその中間と言う状態になります。蒸しの時、上や中の葉に合わせて蒸すと下は裏白になります。
下の葉に合わせて蒸すと、裏白は減りますが、全体に真っ黒のゴリゴリの硬い葉になります。「直掛け」の場合は、新芽の柔らかさを揃えるのが非常に難しいということです。それに対して「棚」は遮光率の調節が容易なため、最近は萌芽期から被覆することが多くなり、下2枚の葉が硬化する度合いが「直」に比べて少なくなっています。そのために、「直」の覆い下平均期間が25日間、「棚」の覆い下平均期間が36日間という約10日間の違いが生まれます。

 

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