お抹茶のすべて 12-2 【「棚と直」、「本簀(ほんず)と化学繊維棚被覆」の違いについての一考察】

(4)覆遮光率の差
「直」の化学繊維被覆の遮光率は85%が多いようです。「棚」は上段が80%、下段が90%で二重にすると98%の遮光率になります。

(5)茶園温度の差
茶の新芽は気温28度を超えると、葉の硬化速度を速めます。「直」の場合、寒冷紗が直接新芽に触れているため、気温が28度になれば新芽も同じ温度かそれ以上の温度にさらされます。「棚」の場合は、寒冷紗と新芽の間に空気の層があるため、又二段棚ですと寒冷紗間にも空気の層があるため、気温が28度になっても、覆い下の温度は外気より3,4度低くなり、葉の硬化時期を遅くしてくれます。葦簀と藁の「本ズ」では4、5度の差があります。直被覆の平均被覆期間が25日間で、棚被覆のそれが36日間の10日間の差は、この温度差が生み出しています。

(6)その他の差
(ア)被覆資材と新芽の接触
「棚」は新芽と被覆資材との接触がありません。「直」は新芽と被覆資材が接触しているため風の影響で新芽が傷つけられることが多いようです。

(イ)被覆の労力
「棚」は一人の労力で簡単に被覆することができます。そのため霜害の予報が出ると被覆を拡げたり、昼間に成長を促すために開けたりの開閉が容易です。それに反して、「直」は2人、3人の労力が必要で、一度被覆すると摘採まで開けることが困難です。

(ウ)霜害
「直」被覆は霜害をほとんど防ぐことができません。「棚」は有る程度の霜は防ぐことができます。

(エ)被覆費用
「直」被覆の寒冷紗は一反あたり15万円~30万円で、平均約20万円です。「棚」の場合、茶園の形や傾斜等の条件により異なりますが、1重棚で約130万円、2重棚で約200万円かかります。

(オ)価格の差

表4 平成28年度京都茶市場落札1番茶碾茶平均価格(我社)

 

平成28年度、我社が京都茶市場で落札した碾茶の価格を調べました。
1番茶碾茶の落札点数は135点で、そのうち手摘み16点、棚ハサミ60点、直ハサミ59点です。
落札茶の約9割がハサミ刈です。直ハサミ刈の平均単価は3690円で、3000円台、4000円台のものが多く、6000円を超える高品質のものは稀です。棚ハサミの平均価格は5090円ですが、最高価格が10090円、最低価格2399円と品質の上下格差が7000円以上もあります。直ハサミでは出来ない6000円以上の碾茶を作ることができます。手摘みは平均価格が11290円で、1万円以下の碾茶もありますが、ほとんどが1万円以上です。2茶碾茶の平均価格は2560円で、平成28年度は異常な高値です。

(カ)棚と直の品質の差
表4にあるように同じハサミ刈でも、棚と直では我社の平均で1,400円の価格差があります。それだけの品質格差があるということです。

(7)本簀と寒冷紗二重の差(元京茶研所長平野さんからの聞き取りです。)
(ア)茶の新芽に当たる太陽光線は、露地では曇りの日で4万ルックス、晴天では6万ルックスになります。本簀や寒冷紗二重で被覆すると遮光率は95%から99%くらいになり、照度は1000ルックスから2000ルックスになります。

(イ)どちらも、平均すれば同じ照度になるのですが、本簀と寒冷紗では新芽に当たる光の当たり方が違います。寒冷紗二重では太陽の位置によって照度は変化しますが全ての葉に平均に同じ光が当たります。本簀の場合、葦簀(よしず)を拡げた一重の状態では、70%~80%の遮光率ですが、葦と葦の隙間があるために、太陽の位置によって光が当たったり影になったりと、各新芽によって1日中光の当たり方が変化しています。稲藁を葺いた二重の状態では、95%以上の遮光率になるのですが、それでも稲藁が均一に葺くことが不可能なために、太陽の位置によって1日中光の当たり方が変化しています。朝夕は日光が斜めから射すために新芽に日が射すことはありませんが、日中は真上から日が射すために新芽に火が当たったり、陰ったりします。

(ウ)そのために、摘まれた新芽は、寒冷紗二重では均一なやや黒みのある濃い緑色で平べったい感じがします。葉の手触りは柔軟で柔らかく感じます。それに対して本簀の新芽は全体にやや淡い緑で均一の色ではありませんが冴えています。葉にデコボコがある感じです。手触りは堅くないのに堅く感じ、脆いせんべいを握った時の感じがします。

(エ)新芽の3葉と4葉の間の茎を曲げると、本簀ではポキッと折れますが、寒冷紗だと折れますがフニャと皮でつながっていて二つに分かれません。

(オ)これらの差は、ひとつに光の刺激が寒冷紗では平均的なのに対し、本簀では新芽一葉ごとに時間とともに光の刺激が変化していることによるものです。

(8)最後に...
(ア)インターネット
世の中に「抹茶」「碾茶」について書かれた書物はほとんどありません。日本の、世界の消費者はインターネットによって「抹茶」「碾茶」の情報を得ています。そのインターネット情報の内容は、ごく一部の限られた情報しか載っていません。
そのほとんどが、茶園は葦簀に藁を拭いた「本簀」茶園です。摘採は手摘みで、製造は堀井式碾茶炉です。石臼で抹茶を挽いています。
筆者の調査では、このように栽培、製造加工された抹茶は日本に約2トン弱しかありません。この約2トン弱の抹茶のイメージで、日本や世界の消費者に5000トンをこえる「抹茶」を消費していただいているということです。
インターネットの抹茶サイトには、直被覆、ハサミ刈り、秋碾茶、モガ、粉砕機の情報はほとんど載っていません。

(イ)定義、ISO
現在、日本茶業中央会や全生連の「抹茶」の定義に反する製品が「抹茶」として製造販売流通しています。ISOでも、「抹茶の定義」が議論されています。
これまでの定義では、栽培方法や製造方法によって抹茶を定義づけしてきましたが、筆者は最終製品である抹茶を科学的審査して定義するのが、合理的で世界的にも認定されると考えます。すなわち、「アミノ酸類の含量が1.5%以上、かつクロロフィル含量が100g中300mg以上、かつ平均粒度が20μm以下の緑茶粉末を抹茶とする。」です。
(数値は議論の余地があるでしょう。)


(9)御礼
全国の読者の皆様、一年間、12回にわたり拙文をお読みいただきまして、誠にありがとうございました。お話しするのは得意なのですが、文章を書くのは本当に苦手で、毎月原稿を書くのに悪戦苦闘致しました。不勉強で誤った記述も多々有ると思いますが、広い心でお許しください。12回の連載が、皆様の茶栽培、製造、抹茶加工、茶業発展の一助になれば幸いです。
連載を書くにあたって、色々お教えいただきました生産者の皆様、JAの皆様、茶研の皆様、同業者ほか全ての皆様、誠にありがとうございました。
最後に、書く機会をお与えいただきました静岡県茶業会議所様、お世話になりました中小路編集長様、大倉編集員様に心より御礼申し上げます。
「日本茶業発展のため、楽しみながら、がんばりましょう。」 
平成28年11月2日 桑原秀樹


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