精揉機の魅力(8-2)

(42)川崎正一は「今年の製茶方針」「京都茶業界」第3巻第2号(大正10年、1921年)で次のように書いています。
「京都府の製造法に対する方針…大正10年の大方針は上等茶生産にあって、内地の嗜好に適する香味本位の飲みの良い茶を作る必要がある。府下産茶の過半を占むる手揉にありては益々之を励行すべく、機械製茶の改善については、(1)精揉機及揉捻機は品質を損するを以てなるべく之を使用せざること。(2)止む無く精揉機を使用する場合は、其の時間を短く、製茶の香味を失わざる程度にし、最後に手揉仕上を行い、又は乾燥によって其の足らざる点を補足すること。(3)機械の善用を期し、品質の向上に努めること。の三つの注意が必要です。静岡や三重が余った茶を内地向に変換するのは今年に始まったわけではないが、一昨年来の輸出不振の結果、これ等主産地が相当大量の茶を内地に振り向ける傾向が顕著になって、而も外形美で比較的低価の三等の製茶が将来大いに内地に需要を増進する見込みがあると云う状態であれば、京都府の生産家も商人も之が対策を講じて、大いに山城茶の販路を拡張して、益々其名声を発揮することに努めたいと思う。『茶は飲料で美術品ではありません。香味の良い茶が売手にも買手にも真に利益であります。』謹んでこの一言を府下茶業家に呈し、今年の茶業に対し慎重なる考慮を払われん事を望む。」
大正10年の京都府製茶方針では、京都府の製茶(山城茶=宇治茶)には、精揉機と揉捻機は品質を損するので使用しない事を求めています。止む無く精揉機を使用する場合は、其の時間を短く、製茶の香味を失わざる程度にする事を求めています。また、第1次世界大戦後の輸出不振で、静岡、三重が外形美で比較的低価の製茶を大量に内地販売に振り向ける傾向が顕著になっています。
静岡県が本格的に内国市場販売に乗り出したのは第1次世界大戦後の今から約100年前です。川崎正一は『茶は飲料で美術品ではありません。香味の良い茶が売手にも買手にも真に利益であります。』と云っています。宇治茶の生産者と茶業者は、川崎正一のこの言葉を忘れてはなりません。

(43)京都府産業技師川崎正一は「茶業に関する新研究又は新説」(静岡土産の数々)「京都茶業界」第3巻第2号(大正10年、1921年)で次のように書いています。
「牧之原茶業部久保田技手の研究…如何にして精揉機製茶の香味を上進せしめ得べきかと云う問題は目下大いに研究すべき事柄で、之に関し久保田技手は種々研究されて居るが、昨年特別の優品を機械によって作り出された。其れは新しき生芽で粗揉機を十分よく使用し、又再乾を普通よりよく行って、精揉機は十分か十五分位で取り出し、即ち若上げして之を籠乾燥(バスケ乾燥)にかけて、乾燥によって機械の足らざる処を補うのである。其の製品は形状は少し曲がっているが色沢よく香味又機械揉の如く思われぬ良い品質の茶が出来るのである。一番茶に於て貫十円、三番茶に於て貫五円に売れたと云う。是は京都府の如き香味本位の茶を作るには大いに参考にすべきである。」
牧之原茶業部の久保田技手は香味本位の製茶研究で、精揉機を若上げ(精揉機を十分か十五分で終わる)する製茶の研究をしています。川崎正一は香味本位の京都府には大いに参考になると云っています。私も2019年より、揉捻機無し、精揉機錘無しの製茶を研究し始めました。百年前にも私と同じ考えの先輩が居られたことに感動しています。

(44)鈴木孫太郎は「精揉機に使用せる錘の量と製茶品質の関係」「茶業界」第17巻第2号(大正11年、1922年)で次のように書いています。
「精揉機に使用せる錘の多少が如何なる結果を製茶に及ぼすかを試験した。その成績によると、錘を一貫目使用したものが最も点数が良かった。色沢は錘を用いざるものは冴え色なく、錘を沢山掛けたものは少し飴色になっている。香気は錘を使用せざるものは、香気軽く且つ多少青臭味を存している。錘の掛け方多きものは香気重苦しく、二貫目乃至一貫目使用のものに於ては理想に近き成績を得ている。味の成績は大体香気に準じた成績を得ている。以上から錘を掛け過ぎない方が無難なと云うことが立証される。製茶法の要訣と云うものは、茶が一本一本旋転し得る範囲に於て力を緩めぬことにある。無暗に力を緩めればすべてが軽い茶になる。力を掛け過ぎれば形は扁平に味は重苦しくなると云う原則を飲み込んで居て、茶葉の硬軟、水分の多少によりて錘を加減して行けば、茶葉の持前を十分に発揮することが出来て常に充分な製茶を得ることが出来る訳である。」
鈴木孫太郎は精揉機の錘の掛け方と製茶品質の研究を大正11年(1922年)に行っています。精揉機に於て錘を掛け過ぎない方が無難です。
(私の考え方ですが、茶の茎の水分量が多く、製茶しても白い茎にならず、本茶と見分けのつかない同じ色(やり持ち状態)に製茶できる時期(1芯2、3葉の時期)の製茶では、揉捻機は不必要であると思っています。葉と茎の水分含有率の差は大きくないと思います。又、この時期の茶は精揉機で、錘を強く掛けないでも、自分の力で自然と丸撚れになっていきます。ピンピンに針のように細く真直ぐにはなりませんが、やや曲がった丸撚れの茶の方が香味が優れていると思います。中山前後の白い茎が現れてくるころ以降は、揉捻機を使う必要がある様に思います。)

(45)鈴木孫太郎は「思いついた儘」「茶業界」第17巻第6号(大正11年、1922年)で次のように書いています。
「◎精揉機で良い茶を製している人は、ぬるい火を使って、回転は比較的遅くしている。之が上手なやり方である。◎静岡茶の品位はまだまだ埼玉、山城に及ばぬ。其れは何のためであるか一寸解しかねるが、製造上からも栽培上からも来ることと思う。◎宇治へ行って聞くと、静岡人は火で茶を揉むことを知って、手で揉み乾かすことを知らぬと云っている。参考とすべき金言だ。◎静岡の人は茶に熱を持たすことが平気である。否寧ろ上手とされている。それだから、『一向飲めない黄色い茶ができる』と宇治の人は云っている。◎『グリ』と精揉機茶とを比較してみるに、香気の点に於て大概の場合に『グリ』の方が勝っている。力は掛け過ぎない方がよい事を証明している。」
「◎『グリ』と精揉機茶とを比較してみるに、香気の点に於て大概の場合に『グリ』の方が勝っている。力は掛け過ぎない方がよい事を証明している。」此の鈴木孫太郎の一文を読んでビックリしました。約100年前にアワードの結果を書いている人がいたのですね。
日本茶アワードの審査会は外観審査なしで、茶の液体だけで審査します。しかも、最終審査員は消費者の投票です。私はこの日本茶アワード審査会をこの方法でやると決めた時から、ひょっとすると精揉機を使っていないグリが上位に来るのではないかと思っていました。結果は、8回のうち4回はグリ茶の優勝です。
鈴木孫太郎が100年前に言っている様に、精揉機で力を掛け過ぎて茶を細く長く硬く絞り過ぎると茶の風味、特に香気が落ちてしまいます。形の美しい茶や水色の緑の茶もあってよいと思いますが、今のお茶は肝心要の風味、香味を無視しすぎていると思います。


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